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秋田地方裁判所 昭和34年(ワ)158号 判決 1960年9月29日

原告 有田房義

被告 大日本鉱業株式会社発盛鉱業所労働組合

主文

被告が昭和三十四年五月八日なした原告を除名する旨の決定は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその請求原因として

一、被告組合は訴外大日本鉱業株式会社発盛鉱業所の従業員をもつて組織する労働組合で、原告は昭和三十年八月十九日右会社に就職し、同時に被告組合の組合員となり今日に及んでいるものである。

二、被告組合においては春季賃上げ並に労働協約改訂要求を目的として昭和三十四年三月十六日一番方より熔鉱炉部門の部分ストライキを開始したところ、右訴外会社においてはこれに対抗する手段として同年三月二十五日熔鉱炉部門及びその関連職場に対する作業所閉鎖を決定し同日付内容証明郵便をもつて対象職場の各組合員に対し翌二十六日以降閉鎖期間中出勤を禁止する旨通告すると共に出勤簿を引上げ各工場には鎖やくを施こして閉鎖を実施した。原告担当の煙灰回収職場も右関連部門であるため当然閉鎖され出勤禁止の通告を受領したものである。

三、同年三月二十六日朝開催された被告組合の大会に出席した原告は興奮した同大会の空気が作業所閉鎖を無視して強制就労する大勢に赴きこれを阻止することは到底不可能の状勢となつたため強制就労を違法と考え、且つ偶々健康を害していたので就労に従わずその場から帰宅したが、歯痛甚だしく帰宅と同時に臥床し終日起き上がれず翌二十七日より能代市畠町小林歯科医院に通院し約十日間治療を受けた。その後同年四月六日偶々面疔を患い約二週間居村奥村医院に通院治療を受けている間に争議は同月十二日解決を見たので翌十三日より繃帯をしたまゝ出勤した。

四、ところが同月二十四日被告組合の統制委員会より「1、組合の機関の決定に対する考え方、2、強制就労に同調しない理由、3、その態度の可否」の各項目につき答弁を求めるという質問状が原告に送達されたので、原告は翌二十五日書面をもつて自己の良心に基き行動したものであることをしたため回答した。その趣旨は作業所閉鎖実施後に強制就労するためには工場に立入らなければならないが、そのようなことは違法であるから原告自身は良心に従い違法な行動には従わなかつたということである。

五、然るに被告組合は投票を行い同年五月八日原告の除名処分を決定し同月十日何らの事実も理由を示すことなく原告に除名を通知して来た。

六、然し原告が被告組合の強制就労の指令に従わなかつたのは前記のとおりこれを違法と考えたからであり違法の指令に従わないことは決して統制を紊すことにはならないばかりでなく当時の通院治療を受けていた原告の前記病状に顧みても事実上就労することは不可能の状態にあつたのであるから、いずれの点より見ても原告の態度行動は被告組合より除名される程批難に値するものではない。従つて被告組合のした同記除名決定は理由のない無効のものであるからその確認を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告の答弁に対し原告は単に強制就労の観念的違法を主張しているのではない。訴外会社はロツクアウトを宣言しその実行手段として組合並に原告を含む対象者に対する通告、正門脇の公示(尤も正門は構内全部に出入する入口で対象者以外の職場員の出勤に通行する関係で閉鎖しておらない)裏門の閉鎖、タイムカードの引上げ、対象部門の施設室、休憩室の施錠動力電源の切断等を実施していたのであり原告はこのような具体的事実の存在する限り指令に従うことは違法を侵すことになると判断したから従わなかつたのであり、被告こそ正当性の限界を超えた違法の指令を強制しているのである。仮に指令の目的自体は正当であつてもその手段が違法である限り従うことはできないのが当然である。被告は「組合員は組合指令に明白且つ重大な違法がない限り服従義務がある」と主張するけれども明かに正当性の限界を超えた強制就労の指令に従わなかつたことは組合員としての義務に違反するものではない。原告は九州大学を卒業し最高の常識を身につけたものである。その原告が争議手段を違法と判断することは因より自由であり被告こそ組合員を独裁的統制に服せしめ個人の尊厳を侵しているといわなければならない。尚斗争時に組合員が組合に出勤しないときその旨組合に届出ていた事実はない。その他原告の主張に反する被告の答弁事実を否認すると、述べた(立証省略)。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として原告主張の一項の事実は認める。尚正確に表現すれば被告組合(以下組合又は単組という)は金属及び非金属鉱業関係の労働組合の連合体である全日本金属労働組合連合会(略称全鉱)に加盟し大日本鉱業株式会社(以下会社という)の他の事業所の従業員をもつて組織し且つ全鉱に加盟する他の労働組合と共に大日本鉱業労働組合連合会(略称大日本鉱連)という連合体を組織しているものである。二項の事実中会社が各工場に鎖やくを施こし作業所閉鎖を実施したとの点を否認する外はこれを認める。三項の事実中被告組合が昭和三十四年三月二十六日朝大会(決起大会)を開きその席上強制就労をするという話があつたこと、原告が途中から帰宅したこと、同年四月十二日争議が解決し原告が翌十三日から出勤したことの各事実は認めるがその余の事実は知らない。四項の事実中被告組合の統制委員会が原告に対しその主張のような質問状を発して回答を求め、原告がこれに対し書面をもつて答弁したことは認めるがその余の事実は争う。尚原告答弁の内容は「一、二、三項に関連してお答え致します。全てについて私の考えに基づいて行動したものであります」というものであつた。五項の事実中除名決定の理由を示さなかつたとの点を否認しその余は認める。六項の主張事実は争う。

組合は前記賃上げ並に労働協約改訂要求を目的として全鉱及び大日本鉱連の指令により昭和三十四年三月十六日一番方から熔鉱炉部門のストライキに入つたところ、会社は同月二十四日大日本鉱連に対し、右ストライキの対抗手段としてストライキ実施職場及びその関連職場の作業所閉鎖を実施する旨通告すると共に組合及び原告を含む組合員七十四名に出勤を禁止する旨通告して来た。同月二十三日全鉱委員長は組合に対し会社の出勤禁止に対して強制就労にでることを指令し、組合はこれに基き組合員に対しこれを指令した。因より右指令は全鉱、大日本鉱連、単組の各組合規約に基き正当な機関の手続を経て発せられ、且つ伝達されたもので、こゝにいう強制就労とは後記に詳述するとおり会社の出勤禁止の命令に従わずに出勤就労することをいうのである。ところが原告はこの指令に従わず同年四月十二日争議解決まで就労しなかつたものである。

組合の規約には次の規程がある。

第四十二条3 上部団体の正式機関において委任された権限に基づいて、上部団体の代表者が発令する争議行為の指令については組合員は服従する義務をもつ。

第四十五条 組合員で各号の一に該当する行為のあつた場合は統制を行う。

一、組合規約又は正式機関の議決に違反した場合

二、組合の統制秩序をみだした場合

三、組合の運営、事業の発展を妨げた場合

四、組合の名誉を毀損した場合

五、組合員としての義務を怠つた場合

第四十六条 統制は陳謝、謹慎、権利停止、除名とする。

2 統制はすべて統制委員会の答申に基いて行う。

第四十七条 統制委員会は代議員会にて選出された委員によつて構成される。

第四十四条 権利停止及び除名に関する機関の権限は次のとおりとする。

一、大会 権利停止及び除名

二、代議員会 権利停止

2 除名の決定は組合員の直接無記名投票による組合員総数の過半数の同意を得なければならない。

3 代議員会の決定に不服ある場合は大会に提訴することができる。

組合代表者である組合長は原告の前記行為は前記組合規約第四十五条の統制を行うべき場合に該当するものと考え、同年四月二十日統制委員会に対し調査を申請した。統制委員会は調査の結果同年五月一日に開催された組合臨時大会に対し、原告の右行為は指令、指示に違反し、規約第四十五条一、二、五号に該当し重大であるので大会で処分を決定するよう答申した。右臨時大会は満場一致で、答申通り原告は統制違反であることを確認し、同月七、八日の両日に亘り組合員全員の無記名投票を行つた結果組合員総数二百七十六名(投票二百四十一票)中除名百九十八票となつて、除名が決定された。即ち原告は、組合員として上部団体の代表者が発する指令に従う義務があるのに、全鉱委員長の発した強制就労すべき旨の指令に違反したのであつて、原告の右行為は組合規約第四十二条3に違反し(組合規約第四十五条一)、同条同項の定める組合員としての義務を怠り(同条五)又、組合統制をみだした場合(同条二)に該当する。しかも原告の行為は組合の統制上、重大であり又統制委員会の再三の調査にも応じない等改悛の情もみられないので除名と決定したのである。

原告は違法な指令に従う理由はないと主張するので先づこの点につき論駁する。

(一)  (本件強制就労の指令は合法である。)

(1)  一般に理解されているところによればロツクアウトは法律行為ではなく社会的事実としての争議行為であるから、それは宣言乃至通告のみによつて成立するものではなく、閉め出しを実行することによつて成立する。もつと正確にいえばロツクアウトは「使用者が労働者を生産手段たる物的施設より事実上排除し自己の支配下に置く事実をいう」のであつて、このような見解が学説判例の通説である。従つてロツクアウト宣告後といえども閉め出し実施前に作業所に立入ることが違法でないことは当然である。

(2)  ロツクアウトに対抗する労働者側の戦術として今日最も広く採用されているのが強制就労或は強行就労とよばれている戦術である。強制就労とは、会社をしてロツクアウトを実施させないために、会社の意思に反して就労のために職場に入る戦術をいうのである。ロツクアウトに対する最も有効な対策としてはロツクアウトをさせないことができればこれに越したことはない。ところで前述のようにロツクアウトは閉め出しを実行することによつて成立するのであるから、この閉め出しという事実を作らせないことがロツクアウト対抗策の第一歩となるわけである。従つてロツクアウト対抗策としては先づ会社のロツクアウト通告に反して就労するために職場に入ることが第一の戦術となる。強制とか強行とかいつても、それは暴力を意味するわけではなく、使用者の意思に反してもというだけのことで恰も組合のピケを突破して就労することも強行就労といわれていることと一般である。このようにロツクアウト対策としての強行就労は、それ自体典型的にはまことに合法な戦術である。従つて強制就労は違法だから指令に従わなかつたというだけの原告の主張はそれ自体ですでに理由がない。

(3)  本件強制就労もまた、労働組合において一般に理解されているところによつて行われたものであつて、前記の典型を逸脱したものではない。即ち全鉱は会社がロツクアウトをする意向であることを事前にキヤツチするや、これに対抗して強制就労戦術を採用することを決定し指令(乙第一号証)を発した。右指令の考え方は、前記のようにロツクアウトをさせないため出勤して労務を提供することにあり、従つて単組としても、右指令の見解に従い組合員に対し、仕事があるから就労するが一切組合の統制に従つて秩序ある行動をとり暴力行為等はしてならないと厳重に申し渡していた。全斗特別指令第一号(乙第一号証)斗争指示第二号(乙第二号証)に、ロツクアウトの通告を受けた場合は強制就労を実施せよ、とあり、特に「通告」に対して強制就労を命じているのは、ロツクアウト即ち「事実上の閉め出し」をさせないため、就労することを命じている趣旨である。

本件強制就労は以上のような考え方に基いて行われたものであり、右指令の合法であることは極めて明白である。

(二)  (違法の争議指令と服従義務)

(1)  争議指令が違法の疑があつたり、或は客観的には違法である場合であつても、直に組合員がその指令に従わないことが正当とされるわけではない。組合員は組合の指令に明白且つ重大な違法がない限り従う義務を有し、個々の組合員の判断によつてこれに反することは許されない。このことは労働者の団結が本質的に要請するところである。

(2)  およそ団体は、その組織を維持するために統制を必要とする。ところで、憲法は一般の結社の自由の他に労働者の団結権を特に保障している。このことは、労働組合の他の結社に対する特質即ち労働者の生存にとつて団結が基本的に必要であることを憲法が承認していることに他ならない。従つてわが法制上労働組合の統制権は、一般結社のそれよりも高度に保障されなければならない。このように労働組合の組合員に対する統制は、労働組合が使用者に対して対等の立場に立とうとする存立目的から必然的に出てくるものであるから、統制の程度は使用者に対する労働組合の対抗関係が強まるにつれ、より強度のものとなることはいうまでもない。平時よりは団体交渉が行われているときには組合員の統制服従義務は強いものとなり、更に争議時には最も強くなるのは当然である。憲法は争議権を団体行動権とよんでいるが、争議こそ団体行動の場である。争議の最も典型的方法であるストライキが同盟罷業(労働関係調整法第六条)とよばれているのもまたこの故である。組合にとつて団結こそが唯一の使用者に対する武器であり支えである。労働組合の平素の運営、団結は正にそのときのためのものであり、従つて争議時において組合内部の団結が少しでも乱れるならば、労働組合存立の意味をなさなくなる。そうしてみると争議時において組合員が組合の指令に従うということは組合員の最少限度の基本的な義務であり、組合から見れば労働組合存立の基本である。従つて争議時に組合員が組合の指令に違反するということは、労働組合に対する最も悪質な背信行為であり、組織を破壊する行為であつて、労働組合にとつてそれ以上の統制違反行為は余程の場合を除いては考えられないといつてよい。

(3)  そこで組合の争議指令が違法である場合について考えて見ると、争議の性格が前述のようなものであるから、争議指令に対し個々の組合員が自らの見解により、指令に従うことを拒否できるとすれば、統制ある争議の実行は不可能となるであろう。殊に労働組合法第一条二項の規定がわざわざ設けられていることによつてもわかるように、争議行為というものは、もともと市民法的には違法であるか、或は違法に極めて近いものであるのであつて、その限界は「正当なもの」という一般的な条項でもつて定められているに過ぎないのであるから争議行為の違法、合法の判断は困難である。この困難は判例や争議慣行によつて埋められていくべきであろうが、判例はまだ確立せず、争議慣行も未成熟である。このような状態において、争議指令の違法、合法の判断を個々の組合員の判断に委ね、その判断によつて指令を拒否することを許すとすれば、争議は殆んど実行不可能であろう。このような指令拒否の団結、団体行動に対する危険は敵前ともいうべき争議においては、まさに重大、明白、且つ現前のものである。そうすると、若し指令の違法を理由に指令不服従が許される場合があるとするならば、それは指令違反による危険が右のような団結に対する危険以上に、強い場合に限られるとしなければならないであろう。そうするとそのような場合とは、少くとも指令の違法が重大且つ明白である場合でなければならないというべきである。

(4)  ところが原告は、本件争議指令が違法だというのみであつて、その違法が重大、明白であることを主張さえしていない。従つて原告の主張自体によつて指令不服従の正当な理由の存しないことは明白である。それどころか、前述のとおり本件強制就労指令は合法なのであるが、仮に百歩を譲つても、これを適法とすることは多数の学説判例に基くのであるから、これが違法であることが明白だということはできないであろう。従つて本件指令の合法違法を論ずるまでもなく、原告が本件指令に従わなかつたことは正当でない。

(三)  (原告の意思決定の検討)

(1)  原告本人の供述によれば次のことが明らかである。

即ち原告は会社から出勤禁止命令が出されたこと以外、タイムカードの取上げ、休憩室の施錠の事実など、三月二十六日朝出勤しない意思を決定した時には知らなかつたこと、及びロツクアウトについては、組合役員をしたことも、それについて勉強したこともなく、新聞常識程度の知識しか持ち合せていなかつたことである。そうしてみると、原告の意思決定の主要な動機は、会社の命令には従うべきであり、これに反する行動はすべきでないと判断し、従つて反面には、会社の命令に反する組合の指令などには従う必要はない、とするところにあつたと考えるのが正当である。即ち強制就労の指令が合法か否かなどということは二の次であつた。そうだとすると労使が対立している争議の最中において、原告は組合に所属しながら対立する相手方である会社の意にそつた行動をとり、組合の統制を無視し、悪質な利敵行為をしたことになる。

(2)  又本件では事実行為が争われたが、先に述べたように原告が意思決定をしたときには、これらの事実(施錠等)は知らなかつたのであるから、原告の行為を評価する場合これらの事情は何ら考慮する必要はない。

然し念のため本件強制就労の事実関係を見ると、タイムカードの引上げ、休憩室に施錠したことは認められても、事実上の閉め出し行為は全くなされていない。しかも就労戦術をとられてからも何らの就労を阻止する事実上の手段はとられていないのである。鈴木典雄証人は柵をするか何かしないと、事実上の立入りを禁止できない職場であると述べながら、出勤禁止を命じたものの職場はかたまつていたというのであるが、柵その他のバリケードをすることこそ、典型的なロツクアウトの方法なのであつて正に右証言こそロツクアウトがなされていなかつたこと、並にやろうとすれば可能であつたことを物語つている。施錠についてみても、これはロツクアウトと関係ないことであるが連日組合との話合いによつて、結果的には会社の職制の手によつてあけられていた。この程度の施錠を閉め出しの事実と見るわけにはいかない。また、道具は休憩室の中に入れて錠をかけたのではなく、外に放置されていたのであるから、この点から見ても仕事から閉め出すという事実のなかつたことが明らかである。即ち事実ロツクアウトはなされていなかつたという外はないのである。

以上(一)乃至(三)のいずれの点から検討してみても本件強制就労指令を違法とすべき理由は毫もなく原告がこれに従わなかつたことを正当づけるものは少しもないのである。

次に原告が当時病気であつたから指令に従えなかつたと主張する点につき検討を加える。

(一)  (病気は理由でない)

病気ということは本件が当法廷で争いになつてから初めて主張されたことであつて、原告が指令に従わない決意をした動機となつているものではない。このことは次の点からも明かである。即ち原告が統制委員会に提出した回答書(乙第三号証)にも、又その作成前に原告が下書したといわれる書面(甲第五号証)にもいずれも病気のことはふれられておらず、却つて自分の意思にあることが明らかにされている。その上高崎与四郎証言によれば、原告は同人に対して、病気だからでなく、違法な指令だから従わなかつたのだと述べたことが、又、原告本人の供述によつても、原告は高崎に対し強制就労が違法だから従わなかつたのだと、はつきり述べている。従つて当時指令に従わなかつた理由が病気でなかつたことはまことに明らかである。

(二)  (病気で出勤できなかつたとしても、組合に対する届出がなされていない)

仮に原告が病気であつて出勤できなかつたとしても、原告はそのことによつて直に指令違反の責任を免かれるものではない。即ち組合執行部は組合員に対し、機会あるごとに休む場合には組合に届出るよう伝達し、又これは従来からも斗争時の慣行として組合員に熟知されており、本件斗争の場合においても原告を除くその余の病欠等出勤できなかつた者全員が組合に届出ている。しかも組合からは組合員が三回にわたり原告方を訪れ、組合に出頭するよう念を押しているのである。それにも拘らず原告が届出すらしていなかつたのは、原告が弁解をしているように届出ることを知らなかつたからではなくて、指令に従う意思がなかつたことを示すものに外ならない。このように仮に病気であつたとしても、原告は組合員としての届出義務を尽さないで指令に従うことを拒否していたものであるから、かゝる違反が争議時において重大な統制違反であることはいうまでもない。

(三)  (原告は出勤することができた)

原告は病気のために出勤できなかつたと主張するが証人小林昭夫の証言によれば原告の歯痛は普通食のそしやくに支障がなく日常労働に耐えうるものであつたことが明かであり、証人金田晃美の証言及び甲第三号証(診断書)によれば面疔は同年四月十二日に切開され、その後十日間の安静を要するものであつたこと(原告は然し翌十三日から出勤している)及び発病は二日乃至五日前従つて早くとも四月七日以降であつたことが認められる。そうしてみると安静期間であるのに原告が出勤していることからすれば、原告の面疔は労働に耐えられないものであつたとは認められないし、仮に四月七日以降発病し、そのため出勤できなくなつていたとしても、それはすでに指令違反後の偶然のことであり、その一事によつて原告の指令違反の責任は阻却されるものではない。即ち原告は仮に病気にならなかつたとしても、それまでと同様指令に従い出勤することはしなかつたであろうことが確実に予測されるからである。

これを要するに原告が指令に従わなかつた理由として主張していることはいずれも理由にならないことが明かである。

次に原告の情状につき検討してみるに、既に述べたとおり争議指令に従わなかつたということは、組織に対して極めて重大な背信行為であり、団結権、争議権に対する重大な侵害行為であつて、この行為に対して除名処分がなされるのは当然のことである。果して原告の指令違反は組合員の憤激を買い、このようなことが許されるなら自分達も今後指令に従えない。執行部は断乎処分すべきである、との声が組合内部に強くなつた。然しながら組合執行部は慎重に行動し、事を穏便に収めるため、執行部が再三にわたつて原告方に赴き(結局はいずれも面会できなかつた)更に職場の同僚に三回に亘り赴かせ組合に出頭するよう勧告せしめたが原告はこれを聞きいれなかつた。そこで執行部は止むなく組合の統制上、統制委員会に調査を求めたのであつて、この間の執行部の措置はまことに穏当であつた。統制委員会も又調査開始に当り全員一致で全てを決定することを申合せるなど、慎重な配慮をした。そして再三に亘り原告に出席を求めたがいれられず止むなく書面で回答を求めたのである。然しながら原告の回答は前記(乙第三号証)のとおりであつた。そこで統制委員会は組合規約第四十五条一、二、五号に違反するものであり、しかも組織を無視する重大な違法であつて、除名乃至は権利停止にあたると判断し、全員一致大会にその旨答申し、臨時大会も又その答申を可決した。更に組合員全員による無記名投票の結果は圧倒的多数で原告の除名を可決するに至つた。

このように組合が慎重な配慮をしているにも拘らず原告は全く反省の色を示しておらず又酌量すべき有利な事情は全くみられないのである。

以上のとおり組合が原告を除名処分にしたのは正当であるから原告の請求は理由がないと述べた。(立証省略)

理由

被告が昭和三十四年五月八日被告組合の組合員である原告を除名処分にしたことは当事者間に争ない。

当裁判所は右除名がどのような経過のもとに如何なる理由でもつて行われたものであるか即ちその経過の全貌を当事者間に争ない事実並に双方提出援用の全証拠及び弁論の全趣旨を綜合検討して考察してみる。

一、被告組合は金属及び非金属鉱業関係の労働組合の連合体である全日本金属労働組合連合会(以下全鉱と略称する)に加盟し大日本鉱業株式会社(以下会社と略称する)の他の事業所の従業員をもつて組織し、且つ全鉱に加盟する他の労働組合と共に大日本鉱業労働組合連合会(以下大日本鉱連と略称する)を組織している単位組合(以下単に組合と称する)である。

二、原告は昭和三十年八月十九日右会社に就職し同時に右組合の組合員となり今日に及んでいるもので本件除名当時は製錬課熔鉱炉係煙灰回収担当係員であつた。

三、組合は賃上げ及び労働協約改訂要求を目的として全鉱及び大日本鉱連の指令により昭和三十四年三月十六日一番方より熔鉱炉部門の部分ストライキに入つた。

四、会社は同月二十四日大日本鉱連執行委員長宛右ストライキに対する対抗手段として関連職場の作業所閉鎖を実施する旨通告した。その内容は

(一)  実施期間 三月二十六日始業時刻からスト解除のときまでの間

(二)  対象者  部分スト実施職場及びその関連職場の組合員

関連職場は取あえず次のとおり

転炉関係煙灰回収、焼結、製団、送風機、第一、第二錬鉱

尚事態の推移により対象職場が拡大されたときの関連職場はその都度発盛鉱業所より通告する。

但し労働協約によつて定められている保安要員を除く。

(三)  賃金不払 (二)に掲げる対象者に対しては(一)の実施期間における当該実施日の一切の賃金を支払わない。

(四)  立入禁止 (二)に掲げる対象者は会社の許可なく事業所内に立入つてはならない。

(五)  事故防止 保安要員その他会社業務を行う者に対し就業を妨害することがないよう。尚災害及び各種違反行為の発生防止について協力するよう申添える。

(六)  以上各項に対する違反行為その他の違法行為に対しては責任を追及する。

というものであつた。

そして同日付内容証明郵便をもつて原告を含む対象者全員に対し夫々同月二十六日よりスト解除のときまで出勤を禁止する出勤禁止期間中の賃金は支給しない。会社が特に許可した場合の外は会社構内への立入を禁止する旨通知した。

五、これより先同月二十三日労使の電話連絡で会社側は組合に対しロツクアウトの対抗手段に出る意思のあることを確認した全鉱斗争委員長は同日付全斗特別指令第一号をもつて大日本鉱連及びさん下単組各委員長宛「ロツクアウトの通告を受けた場合はこれに対抗して強制就労を実施せよ」との指令を発し、同日大日本鉱連執行委員長は組合に対し斗争指示第二号をもつて「全斗指令に基き発盛労組にロツクアウト通告の際は対抗手段として強制就労を実施せよ」との指示を与えていた。

六、会社は作業所閉鎖を通告した後その実施のため同月二十六日始業時に先立ち正門横の掲示板にその旨公示すると共に正門守衛室横のタイムレコーダー室から対象者のタイムカードを引上げ、対象者以外の出入りがあるため正門の閉鎖をすることはできなかつたが裏門はこれを閉鎖し、更に対象職場である煙灰回収休憩室兼工場、焼結休憩室、焼結機械室、製団練鉱休憩室、送風機室兼休憩室には夫々施錠し(尤も製銅関係休憩室は三月二十四日以降組合員が昼夜連続して入室していたため施錠できず、熔鉱炉休憩室は三月十六日スト以来施錠したまゝであつた)動力電源を切断する等の措置を講じた。

七、組合は三月二十六日朝始業時の少し早目に正門東側供給所を一軒隔てた組合事務所横の広場に組合員を集合せしめ決起大会を開催した後午前六時頃強制就労の指令、指示に基き気勢を上げた組合員百数十名を引率して隊伍を組み国道を経て正門より構内になだれ込み、守衛室でタイムカードの提出を強要したが、押問答の末その所在が判らないまゝ、ここを通り越して夫々対象職場に赴き施錠した前記各休憩室等の前にたむろしたが、組合幹部は更に会社側と折衝し、施錠した休憩室内の私物を持出すことを口実にして会社側に施錠を解かしめて右各室を占拠し爾来争議解決を見た同年四月十二日まで作業衣に着替えて休炉中の作業と同様の作業に従事し(尤も会社側の見解によれば実質的には休炉中の作業は殆んどどの職場も終了していたので会社にとつて組合の作業は寧ろマイナスであつたということである)終業時には私物を置いて帰えり翌朝又私物取出しを口実に施錠を解かしめて作業衣に着替え作業に従事する等の行為を繰返えした。

八、会社は右事態に対処して三月二十八日組合と団体交渉を行い、右が労働協約第九十八条覚書に違反することも強調したが、組合側は

(一)  立入禁止組合員が構内に立入つておること

(二)  右組合員の一部が会社施設(建物)に立入り右施設から立退かないこと

(三)  右組合員の一部が会社の備品、用具を利用していること

(四)  以上はいずれも組合の指示によるものであること

(五)  会社からかゝる行為を停止し退去するよう要求のあつたこと

等の各事実を認める一方ロツクアウトは存在しえないとの判断に立ち組合の叙上行為は正当な権利行使であるから覚書に違反することはないと主張して譲らず交渉は物別れに終つた。

九、会社より出勤禁止の通告を受けた原告は同月二十六日午前六時開催の組合大会にその通告を受けて出向いたが、大勢が強制就労に赴いたため、閉鎖された作業所に立入ることは違法であると固く信じている原告として就労指令に従うことができず、大勢に追随することを断念して大会場より直に帰宅し、組合よりの両三度に亘る慫慂勧告をも拒否して四月十二日争議解決まで組合の指令に基く前記就労作業に従事しなかつた。尤も原告はその間帰宅した当日より歯痛に悩み、三月二十七日より四月五日まで能代市小林歯科医院に通院治療を受け、その後面疔を患つた事実もあるが、そのために就労作業に従事しなかつたというわけではなかつた。(病気と不就労の点につき原告有田房義本人供述中右認定に副わない部分は措信できない)

十、組合規約によれば

第四十二条3 上部団体の正式機関において委任された権限に基づいて上部団体の代表者が発令する争議行為の指令については組合員は服従する義務をもつ、

第四十五条 組合員で各号の一に該当する行為のあつた場合は統制を行う。

一、組合規約又は正式機関の議決に違反した場合

二、組合の統制秩序をみだした場合

三、組合の運営、事業の発展を妨げた場合

四、組合の名誉を毀損した場合

五、組合員としての義務を怠つた場合

四十六 統制は陳謝、謹慎、権利停止、除名とする。

2 統制はすべて統制委員会の答申に基いて行う。

第四十七条 統制委員会は代議員会にて選出された委員によつて構成される。

第四十四条 権利停止及び除名に関する機関の権限は次のとおりとする。

一、大会 権利停止及び除名

二、代議員会 権利停止

2 除名の決定は組合員の直接無記名投票による組合員総数の過半数の同意を得なければならない。

3 代議員会の決定に不服ある場合は大会に提訴することができる。

となつている。

十一、組合長菊地藤三郎は原告の前記行為は右組合規約第四十五条の統制を行うべき場合に該当するものと考え、同年四月二十日統制委員会に対し調査を申請した。適法に選出された統制委員を構成員とした統制委員会では再三に亘り原告に対し出席を求めたがいれられず、止むなく四月二十四日質問状と題する書面をもつて「1組合の機関の決定に対する考え方、2強制就労に同調しない理由、3その態度の可否」の各項目につき答弁を求めたところ、原告は翌二十五日「一、二、三項に関連してお答え致します、全てについて私の考えに基づいて行動したものであります」と記載した書面をもつて回答した。尤も原告としては本件強制就労が会社の立入禁止を侵す違法のものであるため同調しえなかつた趣旨を明かに記載しても却つて組合を刺戟するのではないかとの配慮から統制委員会に対しては前記のような極めて簡単で曖昧な回答文を送付したのであつた。統制委員会は調査の結果同年五月一日に開催された組合臨時大会に対し原告の右行為は指令指示に違反し組合規約第四十五条一、二、五号に各該当し重大であるので大会で処分を決定するよう答申した。そこで右臨時大会は満場一致で答申通り原告の行為は統制違反であることを確認し、同月七、八の両日に亘り組合員の無記名投票を行つた結果組合員総数二百七十六名(投票総数二百四十一票)中除名百九十八票となつてこゝに原告の除名が決定された。即ち原告は組合員として上部団体の代表者が発する指令に従う義務があるのに、全鉱委員長の発した強制就労すべき旨の指令に違反したのであつて、右は組合規約第四十五条一号組合規約又は正式機関の議決に違反した場合、二号組合の統制秩序を乱した場合、五号組合員としての義務を怠つた場合に各該当するものであることが圧倒的多数をもつて確認され原告の除名が決定したのである。そこで組合長は同年五月九日原告に対し除名決定の旨を通知した。

以上のとおり原告の除名処分はこれを要するに原告が強制就労の指令を違法と判断し就労の当日即ち三月二十六日より争議解決の四月十二日までその間実行された組合の就労作業に従事しなかつたことが組合より指弾され本件除名処分となつたものであることが明かである。

そこで先づ原告の右判断が果して正当であつたかどうかの点につき検討してみるに前記九で説示したとおり原告が決起大会に出向いた後組合が強制就労のため行動を開始する直前に大会場より引揚げ帰宅したところからみれば原告は会社の出勤禁止、ロツクアウト通告という事実のみによつて最早や作業所閉鎖は実施されたものと考え会社の通告に違背して工場構内に強制的に立入ることは違法であると判断していたことが推察される。然し名は強制就労といつても通告のみでは現実に作業所閉鎖が実施されるかどうか或は実施されたかどうかということは判らないことであり、力関係にある組合側としては会社側の対抗手段であるロツクアウトの実施を実力を行使して事前に防圧することも争議の過程では極めて必要な場合があるのであるから組合側は自然の勢いとして会社側のロツクアウトの実施に先立ち強制就労という手段に訴えて会社側のロツクアウトの意思を制圧しその実施を断念させようと努力する。即ち強制就労は作業所閉鎖の実施を事前にくい止めるための対抗手段として組合側の行使する実力行動であるから強制就労の指令自体は決して違法ということはできない。従つて原告としては果して通告どおり作業所閉鎖が実施されているかどうかを現実に確認した上でなければ指令が違法であるかどうかの正しい判断はできなかつたと思われるのであるが、原告はその事実を確認する努力をせずに大会場から直に帰宅したことは、争議激突の重大な場にあつて強固な団結を更に必要とする組合の組織を守るべき高度の義務を負う組合員の態度として状勢判断に些か軽率なところがあつたといわなければならない。然しその軽率の非難は作業所閉鎖が実際に実施されていたということになれば問題は自ら別である。即ち原告の右判断の当否は結局作業所閉鎖が実施されていたかどうか、組合の強制就労が果して適法であつたかどうかの判断の帰すうに依存するといわなければならない。何故ならば原告の観念において指令に従えないと判断したことも若し現実に作業所閉鎖が実施されていたとなれば指令に従つた組合の行動といえども違法のそしりは免れないであろうし組合としてかゝる違法の行動に従うことを組合員に強制することはできないことは勿論たとえ指令に違背したものがあつても不就労の責任を追及することは許さるべきでないと考えるからである。被告は争議中の組合員は指令が重大明白な違法を侵していない限り服従する義務があると主張し服従義務の面のみから原告の責任を追及する論をなすけれども指令或は指令に基く行動が客観的に違法であればそれに服従する義務を認めるわけにはゆかない。被告の右主張は独自の見解に過ぎず採用の限りでない。

そこで次に会社の通告した作業所閉鎖の実態並に組合側の強制就労の当否を検討してみるに前記六で説示したとおり会社は先に対象者各人に対して作業所閉鎖の趣旨を通告していたばかりでなく、対象者以外の出入があるため正門の閉鎖こそできなかつたものの正門横の掲示板には対象者の出勤禁止、構内立入禁止等ロツクアウト宣言の趣旨を記載した公示を掲げ裏門を閉鎖し又正門守衛室横のタイムレコーダー室からは対象者のタイムカードを引上げ、又対象職場である煙灰回収休憩室兼工場、焼結休憩室、焼結機械室、製団練鉱休憩室、送風機室兼休憩室には夫々施錠し、動力電源を切断する等三月二十六日朝組合が強制就労の隊伍を組んで工場構内に入構する以前にはかゝる諸般の措置を講じていたことが明かである。当裁判所は会社の叙上措置をもつて作業所閉鎖は完全に実施されていたものと判断する。これに反する被告の見解は当裁判所の賛同できないところであつて、これ以上にバリケードを築き事実上立入り出来ない施設を施こす必要は毫もない。

果して然らば組合が強制就労の指令に従い工場構内に立入つたことは対象者に関する限り違法行為を侵したものといわなければならないのであつて、組合は右違法を使そうし共に違法の就労作業に従事していたものと判断せざるをえない。組合が入構後間もなく前記各休憩室等の施錠を会社側をして解かしめたことも私物の取出しを口実にしてのことでその後前記七に説示するとおり引続き占拠を繰返えしていたことも決してフエアーな態度とはいえないし因よりこれによつて作業所閉鎖の実施が解かれたものといえないことはその間三月二十八日開かれた団体交渉の席上における会社側の主張(前記八)に照らしても明かなところである。

以上のとおりであるから組合が前記十一で説示したとおりの手続を経て原告を除名処分にしたことはその手続の過程で原告に組合をないがしろにする不遜の態度が窺われないでもないが結局は原告の指令違背不就労の責任を追及しての処分であつた以上正当なものとはいゝ難く、右除名は結局理由のない無効のものと断定せざるをえない。

よつてその無効確認を求める原告の本訴請求はこれを相当として認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦克己 片桐英才 高木実)

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